アムステルダム大学名誉教授・ジャーナリスト

 

1941年、オランダ・ロッテルダムに生まれる。1960年に所持金わずか100ドルと80ドイツ・ マルクを手に故国を離れ、英語を教えたり、写真を売ったり、雑誌記事を書いたりして糊口をしのぎながら、中東、インド、東南アジアを2年間旅してまわる。1962年に初来日し、早稲田大学その他で英語を教えるかたわら、ドキュメンタリー映画の制作や英語学習本の執筆に携わる。また、日本を拠点にアジアの他の国々を広く見てまわる。アジアに7年滞在した後、オランダに初帰国。そこで欧米の学生運動に関する研究を委託され、1969年にその結果を”Student Revolutionaries of the Sixties” (60年代の学生革命の主役たち)に昇華させる。この本はインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙の書評で「このテーマに関する最も優れた入門書」と評された。

 

 

1972年にオランダの日刊紙NRCハンデルスブラットに東アジア特派員として入社。日本、インド、タイ、ベトナム、フィリピン、韓国の重要事件の取材にあたる。ベトナム戦争、サイゴン陥落、インディラ・ガンディー首相暗殺後のインドの混乱、韓国の学生暴動、ピープルズ・パワー(民衆の力)によるマルコス政権の打倒など、アジアの多くの歴史的瞬間を目撃し、報道した。1987年にはフィリピン革命についての報道でオランダのジャーナリズム大賞を受賞。ジャーナリズムの目的推進のために積極的に活動し、日本外国特派員協会の会長および会計責任者を務めた。日本の政治経済について、また欧米の経済思想に対するその概念的挑戦について、幅広い執筆活動を行ってきた。日本の政治制度の力学、グローバル化と現代資本主義の理論と実践、基本的な経済概念の再検証を主なテーマとしている。彼の著作は、民主党が政権に就くはるか前から日本の改革派政治家の間で広く賞賛されていた。

 

近年は世界の諸問題におけるアメリカの役割の変化について幅広い著作活動を行っており、ヨーロッパと東アジア地域が共通の問題に対処するため、新しい真のポスト冷戦外交を築くことを提唱してきた。彼の記事や論文は、中央公論、文芸春秋, プレジデント, サンデー毎日、ニューヨーク・タイムズ、フォーリン・アフェアーズ、 ナショナル・インタレスト、ニュー・リパブリック、ワシントン・ポスト、ル・モンド、ロサンゼルス・タイムズ、ディー・ツァイト(ドイツ)、はじめ、多くの新聞雑誌に掲載されてきた。